尻高山・高壺山・砲台山総合概念図

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    尻高山・高壺山・砲台山総合概念図

笠戸島スカイハイキングコース地図(「地理院地図」版)

十種ヶ峰

  • 福谷池から見る十種ヶ峰
    十種ヶ峰福谷池コース

鷹の止まり山

  • 5 山道
    鷹の止まり山(04.04.17)

山上山

  • 11
    山上山

廿木山

  • 32 270ピークに戻る
    廿木山

枡形山

  • 05 山道が続く
    枡形山

四熊ヶ岳庄原コース

  • 17 日本の正しい秋
    四熊ヶ岳庄原コース

太華山大楠ルート

  • 02大楠バス停付近からめざす鞍部を遠望する
    大楠から牧ヶ岳南の鞍部に出て、北進すれば牧ヶ岳、太華山へ、南進すれば水谷山を経て本浦に出ます。太華山のバリエーションルートの一つですが、南進して水谷山方面へ進むと森の中のパノラマ展望ルートになります。大楠から鞍部までの画像を掲載しています

太華山縦走

  • 06 大島山の分岐に建つ石柱
    太華山縦走

千坊山西の庄ルート

  • 27
    千坊山西の庄ルート

小島山

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    小島山

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2010年3月12日 (金)

やぶでもしだでも笠戸アルプスを行く  幻の軍用道路を探して(0)

P1011108_2

プロローグ
 ある日、砲台山の稜線を歩いているとき、G主任研究員の独り言が聞こえてきた。
「この道は........だから.....?でも、.........なら......だ。」

その時、小生はふと考えた。ひょっとして、同じ事を考えているのではないか?

小生の疑問はこれだけの施設を作るのにどのようにして資材を運んだのかだった。

『ルーラルLifeは閑雲野鶴。 さんの「笠戸島、高壺山周辺の旧軍遺構」によれば、古老の話として深浦集落から軍用道路が存在したことが紹介されている。また、『深浦小百十年誌』にも、砲台山まで道路を建設し高射砲陣地を築いて敵機の襲来に備えた旨の記述がある。



『FatherのHP』さんの「笠戸 防空高角砲台・電波探信所、深浦聴音探照所」をみると、米軍の空中写真を判読したイラストに軍用道路らしき曲線がある。そこで、「国土変遷アーカイブ」で1947年の空中写真「M114-37」、1948年の「M119-29」を閲覧すると、200dpiの低解像度の画像ながら、麓から緩やかに山裾を回ってくる車道が判別できる。ちょうど、やはり軍用道路であった太華山の車道の上がり方に似ている。

以下が小生の判読結果のイラストである。国土変遷アーカイブの空中写真と比較しながら見て欲しい。

 


赤い線を軍用道路と推定した。他の遺構は大まかな位置である。

Gunyoum11437

M114-37

Gunyoum11929


M119-29

 

戦後60年以上を過ぎた今、指揮所等の構築物の遺構は現存しているが、麓から山頂へ向かう車道らしきものが存在しているような様子はない。では、軍用道路はどこに行ったのか。はたして、空中写真の道は軍用道路なのか?これから長い調査山行が始まった。それは2人の山行人生の記憶に残るものとなった
((1)へ続く)

おことわり    

 今回の調査山行は、地方史の調査研究を目的としており、登山ルートの探索を目的としておりません。実際、軍用道路跡はごく一部の区間を除き、各所で崩壊または通行不能となっており利用できません。今後画像も紹介しますが、不通区間の画像は省略しているため、道が連続しているように見えますが、不通です。このため、安全確保のため、ルート説明は行いません。

 また、稜線の各所で、一般利用のハイキングコースと交錯していますが、一見、水平な道が続いているように見えて安易に入り込むと、リングワンデリングを起こします。必ず、ピンク・イエローのリボンが着いているハイキングコースだけを歩いてください。

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