尻高山・高壺山・砲台山総合概念図

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    尻高山・高壺山・砲台山総合概念図

笠戸島スカイハイキングコース地図(「地理院地図」版)

十種ヶ峰

  • 福谷池から見る十種ヶ峰
    十種ヶ峰福谷池コース

鷹の止まり山

  • 5 山道
    鷹の止まり山(04.04.17)

山上山

  • 11
    山上山

廿木山

  • 32 270ピークに戻る
    廿木山

枡形山

  • 05 山道が続く
    枡形山

四熊ヶ岳庄原コース

  • 17 日本の正しい秋
    四熊ヶ岳庄原コース

太華山大楠ルート

  • 02大楠バス停付近からめざす鞍部を遠望する
    大楠から牧ヶ岳南の鞍部に出て、北進すれば牧ヶ岳、太華山へ、南進すれば水谷山を経て本浦に出ます。太華山のバリエーションルートの一つですが、南進して水谷山方面へ進むと森の中のパノラマ展望ルートになります。大楠から鞍部までの画像を掲載しています

太華山縦走

  • 06 大島山の分岐に建つ石柱
    太華山縦走

千坊山西の庄ルート

  • 27
    千坊山西の庄ルート

小島山

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    小島山

日記・エッセイ・コラム Feed

2015年6月17日 (水)

さよならは悲しい言葉

長年親しんだこの場所とも今日でお別れだ。

初めて、この場所を訪れたのはもう15年前だ。表面採集した土器片を持って行って先生にみてもらった。ほとんど、石だった。何回も訪れ、2箇所は散布地に認定された。

その先生も今は亡く、教えを乞うた先輩も病気で引退された。この4年間はわからないまま自力で実測図を書いてみたり、報告書を参照して,土器の同定を試みたりした。

広い書斎のようなこの場所とも今日でおわかれだ。さて、いつまでこの勉強を続けることができるだろうか?

人生とは時という巨大な押し棒に絶えずおしつづけられるトコロテンのようなものである。

     2015.6.17

2013年8月 5日 (月)

先生とのお別れ

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いつかはこの日が来ることは覚悟していたが、今はひたすら悲しい。

先生に初めてお会いしたのは平成12年7月2日。長年、生涯学習として発掘調査を体験したいと思っていた僕は、新聞で発掘ボランティア募集の記事をみつけ、思い切って電話し、遺跡発掘調査に参加することとなった。先生は「あちこち掘っています」と自己紹介された。

初めて、土器が出土したとき、自分と過去の歴史のつながりに感動した。しかし、遺物を掘り出すことしか頭になかった初心者の僕は、トレンチ側壁に露出した土器を取ろうとしてこっぴどく怒られた。発掘は破壊であり、出土状況の記録がなければ無価値であることを教えられた。それ以来、僕はたぬき掘りをやめ、常に、出土状況を確認しながら掘ることにした。

 遠くに神楽の音を聞きながら、一同、無言でへらを動かして遺物を検出する。そして、昼休みには柿の木の下での考古学談義、時には先生の若き日の武勇談に笑いはつきなかった。

毎回、シャツとズボンを泥だらけにして家に戻り、直ぐに眠る僕を見て「そね~におもしろいんかね」と尋ねた母に「おもしろい」と答えた。
僕にとって、生涯で最も充実した時だった。


その後、時々、先生の仕事場におじゃますることになった。道路から見上げると、ちょうど2階の廊下の窓をあけて、おいしそうにたばこを吸っておられる先生と目が合う。「どうぞいらっしゃい」と声をかけられ、いろいろな資料をいただいたり、基本的な質問をした。

発掘調査の方はその後5箇所でお手伝いをした。遺構の検出能力もなく土を運ぶぐらいしか役に立たない僕だったが、腰が痛くならないように肥料袋に土をつめてこれにすわって作業するといいと気をつかっていただいたり、不用意に土中にピンを刺して、出土した土器にひびが入ってしまいあやまると「いいよいいよ」といってもらったりやさしかった。だが、時々、厳しい一面をかいま見ることもあった。

発掘調査がいったん終わって手持ちぶさたになった僕に先生は1冊の本を渡して表面採集を勧められた。それから、採集した小破片を先生の仕事場に持参して、先生の鑑定を仰ぐ日が続いたが、最初の頃はほとんど石だった。採集した資料は質量とも大したものではなかったが、3箇所、遺跡地図に掲載してもらった。

しかし、「遊びにいらっしゃい。実測図の書き方も教えてあげましょう」といわれたのに、その頃は遺物の採集、遺跡の探索だけしか興味がなかった。時間はまだまだあると思い、いつのまにか 足が遠のき、結局、教えをこわなかったことが、観察記録することの面白さがわかりかけてきた今、痛恨の極みとなっている。

晩年、先生は未測量古墳の測量に意欲を持たれ、僕も2箇所お手伝いしたがここでもあまりお役に立てなかった。先生は他に有力な円墳1基と謎の前方後円墳1基の測量に意欲を示されていたが、古墳の現況が測量を許さなかった。

最後に、先生とお話ししたのは遺物のことで問い合わせしたときだった。体もずいぶん弱っておられたのにわざわざ、当方に来られ、「あの有蓋高坏のことだろう。。。。もうすっかり忘れた」と笑っておられた。

そういえば、亡くなられた日の夢の中で、確かに先生らしい声を聞いた気がする。

先生の著書を開く。気分が乗らないときは、写真先生が厳しい目で僕を見つめている。気分の落ち込むときはあとがきを読み、そこはかとないユーモアに心を和まされる。

遺影は正装姿だった。でも、先生には、作業服と麦わら帽、そして七つ道具の入ったウェストポーチ姿の方がよく似合うと思った。

僕は無言で語りかける

先生、見てもらいたい遺物があるんですけど

先生、涼しくなったら、先生が高地性集落の本貫地が必ずあるはずといわわれていた市境尾根を歩いてみます

僕は先生にお会いできて本当によかった。先生にお会いしていなければ、きっと僕の人生はつまらない人生だったと思う。ありがとうございました。

どうぞやすらかにお眠りください。

2013年5月27日 (月)

とっきょきょきゃきょく

住宅地なのに、深夜、早朝に「とっきょきょきゃきょく」と鳴いている。近くの家の庭を回っているようだ。

MMF0001.3GPをダウンロード(QuickTime,iTunes等で再生できます)

2013年5月24日 (金)

宇部市学びの森くすのき

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このところ、県内各地の図書館や郷土資料館を探索している。そこにしかない貴重な文献や資料との出会いが楽しい。

宇部市船木に図書館と博物館を兼ね備えた「宇部市学びの森くすのき」がオープンしたのでさっそく遠征する。博物館は旧楠町だけではなく宇部市全体の歴史の博物施設である。入るとその広大なスペースと明るさに驚かされる。某市とは大違いである。専任の学芸員がいるのか説明もわかりやすい。埋蔵文化財関係では、大須賀遺跡の甕棺、波雁ケ浜遺跡の製塩土器、そして最大の注目は松崎古墳出土の三角縁神獣鏡である。緑青で模様ははっきり見えないが、実際に見ると三角縁という名称の意味がよくわかる。なお、松崎古墳出土遺物は平成25年6月2日までの期間限定公開、見逃さないうちに急がれたい。

もうひとつの注目は、「慶長国絵図」の縮小複製図である。昨年の県美術館の「国絵図展」でその実物の大きさと詳細さに圧倒されたが、この縮小複製図も縮小版といえ中途半端な大きさではなく、十分鑑賞に堪えうる。

ただ一つ残念なことは館内撮影が禁止されていることである。おそらく、市以外の所有物を混在展示しているため、著作権の関係だろうが、せっかくの詳細な説明なのに、見学者はただ見るだけで、その学んだことを頭に入れて帰ることしかできずすぐに忘れてしまう。施設の小さなパンフレットはあるが、博物館の個々の展示品についてはわずかな面積で項目説明しかされておらず展示を見る際の参考資料としては使えない。はっきりいえば、建物の説明はどうでもいいので、もうすこし展示資料の参考資料として使えるパンフレットを準備して欲しい。館内撮影が許されないのであれば、その代替策としてもう少しパンフレットを充実して欲しいと思う。

文句ばかり言ったが、県内有数の素晴らしい展示だけに、この一点だけ改善していただきたいと思う。

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これは船木バス停。あの頃と変わっていない。中に入るとレトロな雰囲気がますます濃くなる。



2013年5月23日 (木)

根笠観音とでかまるくん

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根笠観音。この岩屋の奥に観音がある。昔から有名で、父も来たがっていたようだが、それもかなわなかった。

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これは、上の山にある洞穴。ここにくるまでの草むらで蛇がどっと動き、とびあがる。

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でかまるくん。残念ながら、そばもちのおみやげは販売していない。

2013年5月18日 (土)

ゆくりなく小社を行く

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小社を訪ねるのが好きである。大きな神社と違い、昔の庶民の素朴な信仰が感じられるからだ。

さて、川西駅から岩国城山方向をみていたら、墓地の上に鳥居があるのをみつけ、以前から気になっていた。何とか道を見つけ登ると寛政年間の鳥居があった。後ろには88番のお堂がある。

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前には、地蔵や石仏のお堂がある。これは、神仏混交形態の名残だろうか。それとも偶然近接しているのだろうか。

鳥居の奥のお堂からさらに札所があるようで多数の案内板がある。それを見ると、城山展望台への石仏尾根ルートに途中で合流するようだ。さすがにこの季節ではもう登る気がしないので、秋以降の宿題とするが、3ヶ月先が見えない現状では果たして....

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墓地のある尾根の崖に深い横穴があった。これは奥に何か祀ってあるのだろうか、それとも防空壕なのだろうか?

あまりに深いので、途中であきらめ、いつもの丸久のソフトクリーム67円を買いに行くことにした。

2013年5月13日 (月)

懐かしの商店街

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たった2年間しか住んでいなかった町。町を離れた後も何度か訪れたことがあるが、もう一度、訪れたくなった。

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往時の賑やかさがしのばれた商店街は住んでいた頃には既に少しづつさびれつつあった。30年以上経った今は開いている店も少なくなったが、建物に昭和レトロの懐かしさが残っている。

ふと、店に貼られたポスターを見ると、この先の石橋が河川拡張の為、壊されることになり、今秋渡り納めになるそうだ。

 

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この橋がなくなれば、古くからの通りはなくなってしまうだろう。住んでいた頃には明確には思わなかったが、今思うと、通勤の際通ったこのなつかしさの残る商店街の景色がいやしていてくれていたのだろう。

2013年5月 9日 (木)

書を求めて古都へ

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あちこちの町の図書館を訪ねて、郷土資料を探すのが好きである。最近、調べている事に関する論文が県内の出版物なのに、県外しかも調べるかぎりでは全国の図書館、図書室でもここしかなく遠隔複写も不可能ということで、はるか県外の施設に出張。

探していた論文の内容は予想していたものとはすこし違うので安堵。そそくさに帰ろうと思ったら外は雷雨になり、近くの展示施設に雨宿りを兼ね入る。さすがに展示方法等もわかりやすく、説明ボランティアも意欲的。おまけに無料だった。

ようやく、晴れて、この場所には修学旅行の時来たことがあるのだろうかと思いつつ、とぼとぼと駅をめざす。(13.04.26)

2013年3月31日 (日)

桜満開

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2013年1月20日 (日)

大鵬が負けて僕が泣いた日

僕は小さい頃、大鵬が大好きだった。大鵬は強く負ける気がしなかった。

そんなある日、千秋楽の全勝対決で柏戸に負けた。べそをかいた僕は母親のところに行って泣き続けた。母親は「そんなに泣くのなら、大鵬のうちのこどもになるかね」と言った。僕の涙はようやく止まった。

一生、忘れられない思い出だ。また、ひとつ思い出が消え去っていく。

横綱大鵬、ありがとう。 ご冥福をお祈りします。

(付記)大鵬の全勝敗表をみるとどうも昭和38年秋場所のことだったらしい。