尻高山・高壺山・砲台山総合概念図

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    尻高山・高壺山・砲台山総合概念図

笠戸島スカイハイキングコース地図(「地理院地図」版)

十種ヶ峰

  • 福谷池から見る十種ヶ峰
    十種ヶ峰福谷池コース

鷹の止まり山

  • 5 山道
    鷹の止まり山(04.04.17)

山上山

  • 11
    山上山

廿木山

  • 32 270ピークに戻る
    廿木山

枡形山

  • 05 山道が続く
    枡形山

四熊ヶ岳庄原コース

  • 17 日本の正しい秋
    四熊ヶ岳庄原コース

太華山大楠ルート

  • 02大楠バス停付近からめざす鞍部を遠望する
    大楠から牧ヶ岳南の鞍部に出て、北進すれば牧ヶ岳、太華山へ、南進すれば水谷山を経て本浦に出ます。太華山のバリエーションルートの一つですが、南進して水谷山方面へ進むと森の中のパノラマ展望ルートになります。大楠から鞍部までの画像を掲載しています

太華山縦走

  • 06 大島山の分岐に建つ石柱
    太華山縦走

千坊山西の庄ルート

  • 27
    千坊山西の庄ルート

小島山

  • P1010001
    小島山

考古 Feed

2016年7月 1日 (金)

青葉の天王森古墳

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市内に前方後円墳が存在することは市民にあまり知られていない。

この天王森古墳は特に市街地に近いが、古墳を訪ねてくる人はあまりいない。

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(左) 前方部   (右)後円部

Img_3010後円部

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(左)後円部 (右)前方部

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本来、史跡として観光名所になってもいいところだが、社有地のため、史跡指定されていない。公園として整備されているので、夏陽を避けた散歩に最適である。古墳の前からの市内の展望は絶景であり、いつまでも、この姿のままで残ってもらいたいものだ。

2015年10月18日 (日)

2015下津令遺跡現地説明会(2)

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古墳時代の竪穴住居(SI202)。西壁にかまどを持つ。東半分は後世に削平されている、

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貼り床。煙道検出中。須恵器片がないため、SI203より古いらしい。

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廃棄土抗(SI201)。廃屋住居が転用された可能性もあるとのこと

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高坏坏部、脚部、器台、ミニチュア壺の出土が多く、祭祀遺構の可能性もあるらしい。

ここで、地元の方より、「(調査区外の)土手のこっちの方がようけあるはずじゃがのう。掘らんのかね」「いや~掘りたいところをほれんのですよ」とのやりとりがあり。

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炉跡(炉壁が出土した)

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メッシュ単位で遺物を取り上げている途中。木炭はこの炉で使われた可能性があるらしい。

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ここにも姫島参黒曜石製の石鏃があった。

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須恵器は比較的新しい形式のようだ。

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炉壁。左に墓出土の土師器皿。さらに左に土師器足鍋、瓦質土器足鍋があるが、毎度おなじみのため省略。

数年前の某説明会では、遺物がほとんど取り上げられ、パネルが立ててあるだけという状態で幻滅したが、今回の説明会は、遺物が出土した状態で説明されたので非常に良かった。今後もこのような説明会を期待したい。(15.10.17)

2015年10月17日 (土)

2015下津令遺跡現地説明会(1)

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久しぶりの現地説明会である。確か、昨年もこの遺跡の現地説明会に来たはずだが、遺物の写真を撮っていると、おねえさんに「まだ、ブログにも投稿しないでくださいね」といわれ、一気にやる気がなくなり御蔵入りになってしまった。

さて、本年は、やさしいおにいさんに「自由に撮影してください。ブログに投稿されてもいいです」といわれ、やる気が復活したので報告したい。

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中世の堀立柱建物

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木炭焼成抗

Si203img_2111古墳時代の竪穴建物SI203。北壁にかまどを持つ。手前の段は入口ではなく、後世の遺構。

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東西壁近くが黒くなっている。これは住居を廃棄したときの木材の痕跡と考えられている。

住居の左側および奥側に見える土抗は中世の墓で、SI203と無関係。

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かまど周辺に土師器片、須恵器片がある。

Sb204img_2119排水溝をもつ掘立柱建物

Sb204img_2120柱穴には石が詰められている。

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住居の前には湿地帯が広がっている。

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遺跡とは関係ないが、水田の排水土管が周辺にあった。現代になっても、水田の地下水位が高かったようだ。(続く)

2015年6月15日 (月)

山口県埋蔵文化財センター平成27年度巡回展「発掘された山口2013」 inくだまつ

「ほしらんどくだまつ」の歴史民俗資料展示コーナーで山口県埋蔵文化財センター平成27年度巡回展「発掘された山口2013」が開催されている。

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机の中央には愛嬌のある「ほっちょるん」のスタンプがある。

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「ほっちょるん」が、瓦質土器の足鍋をわかりやすく解説している。本当に愛嬌のある奴だ。「ち○○る」や「○んちゃん」より愛らしいやつだ。できれば、ゆるキャラグランプリに登場して欲しい。

Img_1712閑話休題。小生がもっとも興味を持ったのが、中央の田布施町平井遺跡出土の筒型器台、県内唯一の出土例である。おそらく、古墳由来の物と思われる。以前、小生が、平井遺跡のすぐ上方の木地遺跡の発掘ボランティアとして参加した時、弥生土器に混じって、少量ながら谷筋に須恵器片が出土し、上方尾根に古墳が存在する可能性が指摘された。この器台も、さらに上方の尾根から流入してきたのではないだろうか。木地山のアンテナ建設作業道開設時に、大量の土器が出土したという地元の話を聞いたこともあり、木地山周辺には重大な遺跡が存在しているのだろう。

7月30日まで開催中。

巡回展とは関係ないが、「ほしらんど」のロビー中に食堂のにおいが充満しているのは、この時期には、何とかして欲しい気がするのは小生だけだろうか。

2014年12月11日 (木)

脇古墳

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富海に横穴石室の脇古墳がある。すでに封土は消失し、石材が露出しているが、低い尾根端に存在していたと考えられる。

石室長7.6m、玄室長4.1m、玄室幅1.5m、羨道長2,2m、天井石2枚、一石五輪堂あり

『防府市史資料II考古資料・文化財編』

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船蔵。このあたりの地形は開作前には海岸に直接面して、船の発着をしていたと思われる段差地形が現存している。

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2014年8月29日 (金)

土器メント2014埋蔵文化財ふれあい広場

県埋蔵文化財センターと周南市教育委員会共催の「土器メント2014」がソレーネ周南で1日限り開催ということで行ってきた。
 まずは、なかなか見る機会のなかった周南市久米の垣外遺跡の展示を見る。

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弥生土器 甕

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(左) 弥生土器 長頚壺 朱塗り
  今にもハクション大魔王が出てきそうである(笑い)
(右) 弥生土器 台付き鉢形土器
  こんな形の土器を見るのは初めて。注口部はどのようにして使うのだろうか

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台付き鉢形土器  口縁部拡大


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これも弥生土器 台付き鉢形土器

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台付き鉢形土器  口縁部拡大

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発掘風景

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石器・石製品

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紡錘車、分銅形土製品、鉄鏃

県埋蔵文化財センター展示分は代表的な遺物ということで特に珍しいものはないが、興味深かったものをピックアップすると

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弥生土器  高坏  (田布施町明地遺跡)
脚部に矢羽状の透かしを持つ、伊予系

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縄文土器 深鉢(上関町田ノ浦遺跡出土)
周南地方では完形に近い縄文土器の展示を目にすることはなかなかない。

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分銅形土製品(レプリカ)  (田布施町明地遺跡出土)
国内最大級。県埋蔵文化財センターのマスコット・キャラ「ほっちょるん」のモデル。
「ほっちょるん」にはぜひ○るキャラコンテストに出場していただきたい。幕末維新キャラのなんとかより愛想がいいし、何より笑顔がいい。円形はライトの映り込み。

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人面土製品(レプリカ)(下関市綾羅木郷台地遺跡出土)
全国的にも貴重な土製品。こちらをモデルにしたキャラも時々、登場しているがまだ名はない。このシュールな人面は○るキャラのダークホースかも。

1日限りの開催ということで残念がる見学者もいた。見逃した方も多いと思うので、またの機会を期待したい。

(追記)
それにしても、「ソレーネ周南」の交通アクセスは歩行者を全く考慮していない。中央の進入路は車両のみで、戸田の市街地からは遠く離れた歩道橋を渡ってくるしかない。中央付近に歩行者用の横断地下道か横断橋を設けるべきだ。


2014年3月31日 (月)

満開の桜と天王森古墳

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下松市天王台の天王森前方後円墳

2014年3月25日 (火)

下関市菊川町小路(こうじ)遺跡発掘調査現地説明会

ここのところ、田布施町、山口市凌雲寺跡の現地説明会情報を見過ごしてしまい、落胆していたところ、この情報をみつけ、久しぶりの現地説明会に赴く。

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後ろの山は白山。ここまで来る途中のバスの車窓から登山口の看板をみかけた。

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この遺跡は商業施設開発にともなう試掘調査によりあらたに発見された。

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柱穴は多数あるが、具体的な建物に関連づけられるのは2箇所のみ。

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中央に残してあるのが弥生時代の炉跡。周りの柱穴跡から円形竪穴住居の可能性が指摘されている。

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弥生土器が出土した炉

今回の調査では多数の柱穴等が確認されているが、遺構の時代を決定づける物が少なく、これがほぼ唯一の例外らしい。

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これは、発掘中の土坑と土器。

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土層断面の観察。微妙な色の違いがわかる。

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近くの竹林に風呂ヶ迫横穴墓がある。

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試掘調査等により、遺跡内の風呂ヶ迫横穴墓近接地から出土した遺物。縄文晩期の縄文土器。素人には縄文土器といわれてもピンとこない。下は黒曜石の石材と石鏃(最右)、純黒色で透明感のある輝きで姫島産のようなぬめっとした輝きではない。

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下の右側は土師器

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足鍋の脚部は県内ではおなじみである。

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以下は風呂ヶ迫横穴墓出土遺物(参考展示)

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盆地のため、周囲の山がよく見える 

華山

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六万坊山
 この前、登ったのは何年前だろうか?
(14.03.22)

2014年3月13日 (木)

瀬戸石棺

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笠戸大橋を渡り、旧「奈々浦」側の小道を入ると、小さな祠がある。ここが瀬戸石棺が移転された場所で、元々は麓の笠戸大橋橋脚あたりにあったといわれる。

祠の前に横たわっている平たい石がよく箱式石棺の石棺材として見かけるものと同じようなものであると思われ、頁岩製と見られる。

戦後まもなくの遺跡分布調査によれば、同様の石棺がもう一基、この地区にあったされている。

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2014年2月11日 (火)

田布施町大崩遺跡

林道敷設の際、土器片が出土したことから、平成11年に遺構確認調査が行われた。標高・比高が250m以上の高地性集落遺跡であり、柳井湾が遠望できる。

林道崖面に竪穴住居址が見つかったほか、複合口縁壺を転用した子供用の壺棺が見つかっている。

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竪穴住居址。ほとんどが林道に削られ、発掘時にはわずかしか残っていなかった。

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このトレンチ跡から土器片が流れ出していたが、さすがに10年以上たつともう見つからない。


ボランティアとして発掘に参加された方の話では猛暑の中、標高の参照点を麓からひっぱってくるのに苦労されたとのことである。

調査をされた面積は非常に狭く、遺跡の本体は光市側にあるというのが亡き先生の意見だった。

今回は、コバルトラインを梶取岬側から歩いた。展望の良さと山道の多さが印象的である。あわよくば、分布調査のまねごとともおもったが、見えるのは落葉ばかりだった。

遺跡近くの尾根の裏側を新しい林道が造成中だったので、断面を観察したが、遺物は見つからなかった。だが、この展望のよさはきっとここに大きな遺跡がいまなお眠っていることを推測させる。

なお、出土した遺物は田布施町郷土館に保存されている。